大腿静脈の解剖学的特徴

鼡径部から大腿静脈を穿刺しCVカテーテルを挿入する方法は、重篤な機械的合併症のリスクが少ないという理由で、ランドマーク法でもよく選択される方法です。つまり、比較的「イージーな」CVCと、とらえられているわけです。しかし動脈誤穿刺から後腹膜血腫となって重篤な転帰となる例も報告されており、 かならずしも絶対安全な穿刺部位というわけではありません。

これを裏付けるように、古いデータではありますが大腿静脈穿刺で発生する合併症は、動脈誤穿刺の頻度が飛びぬけて高いことが報告されています。

この原因を鼡径部の解剖をもとに考察しましょう。それが大腿静脈穿刺はエコーガイドが推奨される理由を浮かび上がらせることになるからです。

ランドマーク法_鼡径_大腿静脈穿刺は骨盤腔穿刺を回避するため、鼡径靭帯より体幹寄りには穿刺しないこと、穿刺は鼡径溝(股関節のしわ)付近とすること、大腿動脈を触知し、その内側5mm程度の部位を穿刺すること、などが基本となっています。とすると大腿動脈が触知できる限り、その内側には大腿静脈は必ず存在し穿刺できるということでしょうか?ここに誤認が生じている可能性があります。

たしかに鼡径溝付近で大腿動静脈は並行して位置していますが、それより遠位ではどうなっているかというと、「大腿静脈は大腿動脈に伴って走る。大腿の下部では、静脈は大腿動脈の外側に沿って走る。静脈は上行するとともに、大腿動脈の後側から内側に移り、大腿の上部では大腿動脈の内側を走る」(解剖学講義、南山堂) と解剖学の教科書に記載がある通り、要するに大腿動静脈はあるレベルで交叉し、内側・外側の位置が逆転するのが正常な解剖なのです。模式図ではこのようになります。

この関係は骨盤から大腿にかけての造影CTで動静脈を追ってみるとよくわかります。末梢に行くにしたがって動静脈が交叉し逆転します。思っていたより複雑ではないでしょうか。

エコーでも当然この交差する関係はよく描出できます。

このような大腿動静脈の走行の解剖学的特徴により、大腿動脈の内側に大腿静脈が並走している部分は、鼡径溝付近では実際には数cmのごく狭い範囲でしかありません。ランドマーク法で安全かつ正確に穿刺できるのも、実際はそのごく狭い範囲に限定されます。

というわけで、ランドマーク法_鼡径_大腿静脈穿刺で動脈穿刺の発生率が高い理由として、おそらくこの解剖学的知識が一般的に不足しているためではないかと思われます。動脈誤穿刺が発生するメカニズムをまとめるとこういうことでしょう。

  1. 「大腿動静脈は鼡径から末梢方向までずっと並走しており、体表から大腿動脈が触知できればその内側には必ず静脈がある。だから触知した動脈の内側を穿刺すれば必ず大腿静脈にあたる」という誤った知識・思い込みがある。
  2. 骨盤腔の穿刺を回避するという意図で、鼡径溝よりもなるべく遠位を穿刺点に設定する傾向にある。特に長針を選択した場合、骨盤腔穿刺を回避したいという気持ちが強くなり、遠位側に寄せて穿刺点を設定しがちになる。
  3. 大腿動脈の拍動を触知しながらその内側の大腿静脈を穿刺しようとするが、鼡径溝よりも遠位側になるにしたがい、大腿静脈は動脈の下側に重なって最終的に交差するので、大腿静脈が存在していない部位を穿刺してしまう。当然血液は吸引されない。
  4. 穿刺が失敗するので再試行するが、同じ穿刺部位で、すなわち大腿静脈が大腿動脈の下に位置するところで再試行を繰り返すため、当然大腿静脈は穿刺できず、「もっと動脈に近いところを走っているはず」と思い込み、次第により動脈に近いところを穿刺する傾向となるため、最終的に動脈を穿刺してしまう。

「イージー」ととらえられがちな鼡径_大腿静脈穿刺ですが、動静脈の走行が解剖学的には複雑であるため、また、どのあたりで動静脈が交叉しているかが体表面からは推測できないので、必ずしも簡単ではありません。「動静脈は並走しているものだ」という思い込みがあるとさらに穿刺リスクが大きくなります。また、複数回穿刺になりがちであるとすると、成功したとしてもそれだけ時間がかかってしまうことを意味します。蘇生時やV-A ECMO導入時など緊急時には大きいマイナスポイントになります。

この点でエコーガイド下穿刺に大きいアドバンテージが発生します。エコーでは動静脈の走行が見えますので、画像を見れば一目瞭然、動静脈が重なっていない確実な刺入点を設定し、1回の穿刺で成功する確率が高くなります。またそのとき、体表面から静脈までの深度も測定できますが、鼡径部であれば穿刺針もほとんどの例で短針で可能であることも予測できるはずです。こうしてエコーガイド下_鼡径_大腿静脈穿刺では、多数回穿刺および動脈誤穿刺やそれが進展した巨大血腫、動静脈ろう、後腹膜血腫の合併症を回避することが可能になってくるわけです。

また、 IABP、V-A ECMO(PCPS)導入にあたっては、穿刺成功するまでの時間が重要なので、これは重要な解剖学的基礎知識になり、ランドマーク法よりもエコーガイドの方がかえって短時間で導入できる可能性も出てきます。胸骨圧迫の振動でscanが困難な場合は、Quick look法でもいいので、1回はエコーで確認するのが有用だと思います。

こうした特徴から、どうせ大腿静脈穿刺だからと言って高をくくって安直にランドマーク法で穿刺せず、大腿静脈穿刺だからこそエコーガイド下で実施するほうが安全である、と認識を変えたほうがよいのではないで しょうか。

ただし、エコーがその場になく、上肢等で末梢静脈ラインが確保できず、なおかつ蘇生時など緊急を要する場合では、ランドマーク法_鼡径_大腿静脈穿刺をトライせざるをえない場面が想定されます。その場合はそれを実施できることが大事になります。そうした緊急場面や救急医療に携わる医師はこのランドマーク法_鼡径_大腿静脈穿刺のスキルも維持しておくべきでしょう。

なお、エコーガイド下_鼡径_大腿静脈穿刺の穿刺方法は、動脈誤穿刺回避の観点を優先して、内頚静脈穿刺と同様に短軸像穿刺を基本とするべきでしょう。swingでもsweepでも可能ですが迅速性を求めるならばswing scan法を選択したほうがいいでしょう。穿刺針は、鼡径部では短針でほとんどすべて穿刺可能と考えます。

エコーガイド下_鼡径_大腿静脈穿刺の長所と短所

エコーガイド下_鼡径_大腿静脈穿刺の利点と欠点をまとめました。そしてこの 大腿動静脈の解剖学的特徴を逆手に取ったエコーガイド下大腿静脈穿刺の応用的手法=大腿_大腿静脈穿刺を次の記事で解説します。

長所


  • エコーガイド下穿刺では動静脈の重なりが強い部分の穿刺を避け、正確に大腿静脈を穿刺できるので、安全性、確実性が向上する。
  • 鼡径_大腿静脈穿刺では蘇生を中断しなくとも血管確保が可能であるため心停止時では第一選択になるが、エコーガイド下穿刺のほうがトータルの所要時間が短くなる可能性がある。胸骨圧迫の振動でリアルタイムエコーが困難な場合はQuick look法を試みる。
  • 気道閉塞、血気胸などの重大合併症のリスクがない。
  • 意識のある患者では恐怖感が比較的小さい。

短所


  • 鼡径部の穿刺・挿入は感染性・血栓性合併症リスクが他部位と比較し大きいため長期留置には適さない。
  • しわのある屈曲部(鼡径溝)が挿入部になるのでドレシングがはがれやすく、清潔維持が困難。
  • 陰部と近く、屎尿による挿入部、カテーテル、ハブなどの汚染リスクが大きい。
  • 意識のある患者では快適性が低い。
  • 体位変換やリハビリに制限が生じることがある。

ただし、いずれにしてもCDCのガイドラインでは感染と血栓形成の面で、基本的に大腿静脈穿刺によるCVCは推奨されていないということも知っておく必要はあります。