CVCを安全に実施するためには、何が危険か、どう予防するのかという視点が必要です。問題の対象がなんであるかがはっきりと見えていなければ、対策の立てようがないからです。ここではリスク予知分析(PRA;predictive risk analysis)の手法で考えてみます。

リスク予知分析は、2000年にスタートしたNDP(National Demonstration Project)が開発したリスクの分析とリスク低減のための手法です。CVC部会ではこの手法に沿って取り組んでいました。

NDPは医療のTQM(Total Quality Management)実証プロジェクトとして組織的質管理のありかたのモデル構築を目指すボランティア・グループのことで、医療安全全国共同行動の前身です。それがまた医療の質・安全学会へと発展していきました。

NDP全体とその内部のCVC部会は東北大学名誉教授の故上原鳴夫先生がリードされ、2004年から数年間にわたり全国の多数のエキスパートの方々と何度も会議をもち、膨大な資料を精読しながら、そこで鎖骨下静脈穿刺のPRAを作成するという作業を行いました。上原先生は医療安全分野で多大な功績と業績を残され、いまなおその影響力は大きく遺されています。このCVCのPRAは上原先生の遺産の一部ともいえます。

CVCの合併症はそれについて調べれば調べるほど、 安全管理がしにくい、非常にやっかいな医療処置であることがわかってきます。その理由は以下のような特徴があるからです。

  • 標準手技が確立しておらず、手技のバリエーションが大きい
  • 多種類のカテーテルキットが市販されておりそれぞれ特性や手順が異なる
  • 合併症は機械的合併症、血栓性合併症、感染性合併症に大別される
  • 合併症発生頻度が高い
  • 非常に多種多彩な合併症が報告されている
  • 合併症それぞれに異なる発生機序・頻度・対応策がある
  • 致死的となりうる合併症が多い
  • トラブルシューティングには専門的な知識と技術が要求される場合がある
  • 合併症は穿刺挿入時~管理中~抜去のすべての過程で発生しうる
  • 専門医制度はなく、不特定多数の医師が実施しており、統制や質の維持・向上が困難
  • 標準的な研修教育や合併症予防の教育が整備されていない
  • 施設内での管理責任部署が不明確であるため質の維持管理が困難
  • 標準手技や警鐘事例など、主導し勧告する関連団体・学会が乏しい
  • 日本では報道事例が多数ある

非常にやっかいな特徴ばかりです。レポートを読むたび、「たかがCVC」でこんなことまで起こるのかと、何度驚かされたことか。それが率直な感想です。いまだに多くの医療施設がCVCで頭を悩ませている理由も、こうしたCVCの闇の側面が多大に影響しているせいではないでしょうか。それでもなにか目標に向かわなければなりません。ダークサイドがあったとしても手技の性質上、それを無にすることはできないので、無にすることは目標にはなりません。ならばダークサイドを意識しつつそれを表に出さずに、何事もなく、いかに穿刺挿入・管理・抜去するか。それでも何か起きたらどう抑え込むか。そこがテーマになると思います。

PRAの取り組みはNDPの休止とともにいったん区切りをつけ、その後鎖骨下静脈穿刺に限定せず、CVC一般のPRAとして個人的になんども加筆修正しました。それを基礎に2008年5月、医療安全全国共同行動 行動目標3b  「中心静脈カテーテル穿刺挿入手技に関する安全指針の順守」の策定を行いました。これはCVCの医療安全対策の基本として全国に広まりました。もとはこのPRAの地道な作成作業です。それがあったからこそ、ひとつのCVC安全指針ができたわけです。そのときに提案したのは以下のようなものです。

まず大きく3本柱を設定しました。教育体制整備では研修制度を充実させ、CVCの技術と知識について系統的に学習する機会を作ることと、CVC実施術者は認定制度とすることを提案しました。これらにより質の底上げと保証を図ります。

そのうえで適応の厳密化として、適応を評価して不要なCVCを避けること、リスクを評価してそのリスクをしっかり認識したうえで実施するかリスク回避の努力をすることを提起しました。それにより事故要因自体を減殺することを狙っています。

さらに手技の標準化で質の保証を担保しようと考えました。標準手技とはモニター・緊急資器材準備下での実施、セルジンガーキットの使用、MBPによる感染防御、エコーガイド下穿刺、多数回穿刺の回避、X線透視化操作の6項目を挙げました。

そしてこれらの対策の基盤としてCVCの実施状況の全数調査を推奨しました。

このCVC安全対策は、医療事故調の報告を見ても、現在のCVC安全対策としてもまだ十分通用する内容です。ということは、こうした安全対策はあまり浸透してこなかったことになり、残念な思いです。こうした安全対策をどう周知徹底していくかという技術論がやはり重要です。医療界全体でなにかしらのアクションを起こすことが必要ではないかと思います。

PRAではまず発生する合併症・有害事象を分類します。そのときCVCで考慮しなければならないことは以下の要因です。

  • 大きく、機械的合併症、血栓性合併症、感染性合併症に分類される。
  • 機械的合併症は、最初の傷害(一次傷害)がそのまま重篤な結果になることもあれば、一次傷害が原因となって二次傷害、三次傷害を引き起こし、それが重篤な結果になることもある。したがって、引き起こされた合併症が原因のこともあれば結果のこともある。
  • 一次傷害から引き起こされる二次、三次傷害は一通りではなく、いくつかのバリエーションにわかれる場合がある。
  • 機械的合併症は目標の静脈からの穿刺挿入が成功したにもかかわらず発生するケースもあるほか、動脈誤穿刺または血管外の穿刺挿入から発生する場合もある。

このような複雑な因果関係や特徴から、実のところすっきり分類するのが大変困難です。分類が困難であれば、その分析もまた困難になります。これもまた、CVCにまつわる困難さの一側面となっています。ひとつの有害事象はその背景も考える必要があるわけです。
こうした特徴を元に、原因と結果の因果関係を整理し、穿刺挿入部位から見た機械的合併症の関連図を作成してみましたが、非常に複雑でかならずしも整理されたとはいえないようです。

correlation diagram of mechanical complications

穿刺挿入部位から見た機械的合併症の関連図 Ver.2(ダウンロード)

目標とした静脈に穿刺挿入を試みたときには、エラーがあってもなくても、その後何らかの合併症が発生する可能性があり、ときに傷害が拡大し致命的になります。動脈を誤穿刺した場合、出血性の問題や血種などで重大な事象に発展する可能性が高く絶対に避けたいことですが、その一方でなんともなく経過する場合もあります。さらに穿刺挿入が静脈でも動脈でもないケースもあり、多彩な有害事象のバリエーションがみられます。このように、CVCを実施した時には「何か起きるかもしれない」とつねに用心しなければならず、こうなったら次はこうなって最終的には・・・とか、もしかしたらああなることもあるか?とか、いろいろ複雑に綿密に予測しないといけません。こういうところもやっかいなところです。

PRAでは、まずその手技で発生しうる有害事象の種類を書き出し、次にその各々について原因・機序、合併症が発生したことを示す所見、鑑別・検査、起こりうる臨床経過、対処・拡大防止措置(トラブルシューティング)、予防法、院内準備体制などを文献、経験、報道事例をもとに分析し記述します。言ってみれば地雷の解説書とか、地雷原踏破の指南書みたいなものに近いでしょう。CVCは至るところに地雷のような危険個所がありますから。PRAは地雷原を踏破しようとしたらどういう知識が必要か?ということに対応しています。PRAを考える際にイメージが湧きやすい、いいたとえだと自分としては思っているのですが。

合併症の分類-----------どんな地雷があるか
原因・機序------------どうなったら爆発するか
合併症が発生したことを示す所見--爆発時どうなるか
鑑別・検査------------どうしたら地雷を発見できるか
起こりうる臨床経過--------爆発後どうなるか
対処・拡大防止措置--------地雷を踏んだ時どうするか
合併症の重篤度----------どの程度の破壊力があるか
予防法--------------地雷を回避する方法はなにか
院内準備体制-----------地雷原踏破に必要な装備は

これらの項目を書き出して、それによりリスクを予知し、有害事象を未然に防ぎ、発生した場合にはただちに認識し対応するため準備状態を構築するためのヒントにする試みです。つまりCVCマニュアルの基礎的資料になります。

この資料を基に、

  • 安全性を考慮した標準手順と遵守事項
  • 手技訓練を実施すべき事項
  • シミュレータ訓練の活用と開発
  • 病棟・院内の体制づくり
  • 使用する資機材の標準化

などの具体的なシステムアップを行います。これらの例は、このサイトではエコーガイド下穿刺、CVCの手順と体制、CVCの研修教育の各カテゴリに反映しました。ご参考になれば幸いです。

なお、このあと示すPRAは、NDPでの原法をわかりやすくアレンジし改変したものです。CVCの合併症を理解するための資料として用いることもできますし、自施設の状況にマッチしたCVC安全体制を構築する際の参考資料としても活用していただければ幸いです。CVCの地雷原を生き延びてください!

補足)合併症の重篤度とその基準

5:死亡する確率が多分10%以上
4:死亡する確率は多分10%以下だが死亡する例がある
3:死亡することはまずないが相当な治療を必要とする
2:死亡することはまずないが何らかの治療手段が必要
1:死亡することはまずないが経過観察が必要

  • 1枚の紙に書きだしたPRAのmap

 

内頚静脈、鎖骨下静脈、大腿静脈の各挿入部位840例以上で、合併症を比較した論文があります。(Parienti, Jean-Jacques, et al. “Intravascular complications of central venous catheterization by insertion site.” New England Journal of Medicine 373.13 (2015): 1220-1229.)穿刺法はランドマーク法またはエコーガイド法とだけ記載されており、その比率は記載されていません。ICUなので記載はありませんがおそらく非X線透視下操作です。すべてフランスの9病院の成人ICUで行われたRCTで、それぞれ800例以上を集めた大規模な調査です。そこで発生した機械的合併症が興味深いので紹介します。

機械的合併症は、動脈穿刺、血腫、気胸(大腿静脈穿刺を除く)のメジャーなもののほか、雑多なものとしてSupplementary Appendixに以下のようなものが記載されています。

<内頚静脈ルート>

  • 除細動を必要とした心室細動
  • 気管チューブのカフを誤穿刺し、呼吸窮迫のため再挿管を要した
  • 総頚動脈誤留置

<鎖骨下静脈ルート>

  • 乳び胸により胸腔穿刺と胸部手術を要した
  • 鎖骨下動脈誤留置
  • カテーテル挿入中の心停止
  • 総頚動脈誤留置からの鎖骨下CVCの失敗

<大腿静脈ルート>

  • エコーガイド下で実施したが後腹膜血腫となり6時間以内にショックになった
  • 外科的血管修復を要した大腿動脈誤穿刺

800例以上集めるとやはりいろいろな重篤な合併症が発生していることがわかります。心室細動はやっぱり起きているので、CVCの処置中には除細動器は近くになければなりません。鎖骨下穿刺から気管チューブのカフの誤穿刺、すなわち気管損傷が発生しており、長い穿刺針の危険性が浮き彫りになっています。大腿静脈ルートは安全だという都市伝説は、ショックとなった後腹膜血腫や止血困難な大腿動脈誤穿刺の例から否定されそうです。そして原因不明の心停止が鎖骨下CVC処置中に発生しています。CVC中の心停止は文献上ちらほらみられ、明確な原因は考察されていないようです。そういうことが起きうる、とだけ記載されています。まさかと思っていましたが、この報告を見てやっぱりあるんだと思いました。この場合も“cardiac arrest”とだけ記載されており、内容の分析や心電図リズムの詳細はありません。すべてICUでの実施事例なので、まさか心電図モニターなしでCVCを実施していたということはないはずですから、この心停止は謎です。その後蘇生されたかどうかも定かではありません。いろいろな可能性が考えられますが、患者と家族は無念でしょう。

この報告のように、発生割合はごく小さいとしても、やはりCVCは重篤な合併症が発生しうる「危険手技」であり、最高度の合併症予防措置と早期発見/早期対応システムの構築、最高度の知識技術研修が要求される手技だと、改めて感じました。