はじめに

平成29年3月に、一般社団法人 日本医療安全調査機構 医療事故調査・支援センター(以下医療事故調:https://www.medsafe.or.jp/)から、医療事故の再発防止に向けた提言第1号として、中心静脈穿刺合併症に係る死亡の分析 ー第1報ーが公表されました。

(出典:CVC提言

医療事故調査制度とは、おおまかにいえば、

  • 平成27年10月より開始、医療行為に伴う予期せぬ死亡事象を収集分析し、再発防止に向けた提言をする制度
  • 医療事故が発生した場合には、遅滞なく、当該医療事故の日時、場所及び状況その他厚生労働省令で定める事項を医療事故調査・支援センターに報告しなければならないとする告義務がある
  • この制度の対象となる「医療事故」は、「病院、診療所、助産所に勤務する医療従事者が提供した医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産であって、その管理者が当該死亡又は死産を予期しなかったもの」
  • 医療事故報告を望まれているご遺族には相談内容を医療機関に伝達する(遺族が直接センターに報告することはできない)

ということです。

開始から1年3か月の間、事故調に報告された院内調査結果報告書は226件となり、その中でもCVCに関係する死亡事象は12事例報告されました。この報告数は単独の処置としては最も多く、また、以前から同様の事象が繰り返し発生していることを重く見て、提言第1号として早急に公表したということのようです。それぐらい危機感をもって、公的機関がCVCの現状を受け止め、憂いているわけです。

「この12例を内容別にみると、中心静脈穿刺合併症に係る事例が10例、それ以外の事例が2例(気胸発症後トロッカー挿入による心筋損傷、自然抜去)であった」とあり、分析は10例となっていますが、除外された2例もCVCによる合併症が遠因となった死亡事故であるという点で、CVC関連の死亡事例と数えることもできます。

報告されただけで、ひと月にほぼ1件ずつ、「たかがCV」で死亡する患者がいることになるのは驚きです。また、医療事故と判断されず、センターに報告されなかった事例も相当数あるかもしれません。

わたしが把握している限り、2001年2月から2019年5月までの約18年間で、CVCに関する報道事例は57例ありました。ほとんど死亡事例です。平均3件/年、事故調提言1第1報に上がった件数と比較すると、実際は57件の3-4倍かそれ以上発生していたと見込まれるでしょう。報道事例だけを見ても、これほどの頻度で発生し死亡事故の報道をされる医療処置がほかにあるでしょうか。

提言1の冒頭に、「本報告の提言がそれぞれの医療機関の安全な中心静脈カテーテル挿入の実施において広く活用されることを祈念したします」と添えてありますが、本意としては、

  • この提言を各医療機関のCVC管理に関係する担当者は熟読すること
  • 自施設のこれまでの対策と照らし合わせ、足りないところがあればそれを補うように改善すること
  • そのプロセスもきちんと説明できるようにしておくこと
  • もしその施設で今後同様のCVC事故が発生した場合に、この提言をどのように活用したのかを検証できるようにしておくこと

と個人的には解釈します。今後、CVCの重大事故が報告されれば、かならず「提言第1号はどう活用したのか」と問われるでしょう。もうこれ以上の、墓石安全(tomb stone safety; 死亡者が出てから安全対策を講じること)は要りません。今からでも遅くありません。CVC安全体制を固めていきましょう!

この章では、この提言1の事例と提言内容をさらに掘り下げ、できるだけこうした事故を発生させないための方策を検討していきたいと思っています。事故から学ぶということですね。失敗は貴重な宝の山です!

事例の分析

①事例内容を提言に記載された文言をそのまま転載し、ポイントなるタームを青、決定的となったイベントを赤でマークしました。②存在していたリスク、③合併症の種類、④死亡の直接原因、⑤事故要因、⑥総括、をわたしの個人的意見として分析し記載しました。⑤事故要因は技術、知識、体制、教育の各側面から検討しました。

事例 1

①事例内容:

  • 進行癌化学療法中に播種性血管内凝固症候群を併発した患者。意思疎通困難
  • 死因は、頚部血腫による窒息。Ai有、解剖無。
  • 全身状態改善の輸液目的で、プレスキャンをした上で右内頚静脈より中心静脈カテーテルの挿入を試みたが、頚動脈を穿刺し圧迫止血。その後、リアルタイム超音波ガイド下に、左内頚静脈に穿刺を試みたがカテーテルが進まず、抜去したところ血腫を形成し圧迫止血した。手技終了10分後より呼吸狭窄音が出現し、さらに50分後に胸部X線で気管の右側偏位を確認した直後に、呼吸音減弱、血圧測定不能となり死亡した。

②存在していたリスク:
播種性血管内凝固症候群、担癌状態、意思疎通困難

③合併症の分類:
動脈穿刺(動脈カニュレーションの可能性あり)、頚部血腫、気道閉塞

④死亡の直接原因:
窒息

⑤事故要因:

  • 技術:エコーの使用法と動脈穿刺を予防する穿刺挿入技術が不足している。頚部血腫がコントロール不能だった。長針を使用して椎骨動脈を誤穿刺した可能性もある。
  • 知識:エコーガイド下穿刺のピットフォールに陥ってしまった可能性がある。出血傾向のリスク評価が不十分だった。
  • 体制:左内頚静脈穿刺時にも動脈穿刺となり、ガイドワイヤーが動脈内にあった可能性がある。手技終了10分後には気道狭窄症状が出現し、胸部X線の確認は50分後であったが、手技の経過と症状から、もっと早期に合併症発生に気付くことができた可能性がある。意思疎通困難であったことで、身体の違和感などの徴候を伝えられず、早期発見の障害になっていた可能性がある。緊急気道確保を実施したという記載がないことから、院内急変対応システムが有効に機能していない可能性がある。あるいは気道緊急に対するトラブルシューティングが失敗した可能性がある。
  • 教育:エコーガイド下穿刺その他の十分な教育体制があったかどうかの検証が必要。

⑥総括:
当該患者に本当にCVCの適応があったのかというところからの検討が必要であり、本当に必要であるならば大きいリスクがあったことからより安全に実施できる環境を整えておくべきだった。出血傾向のある患者では、穿刺手技はそれ自体大きいリスクであるが、リスク予知と予防技術が不足していた。出血性の合併症を十分防止できる術者で実施すべきだった。頚部血腫がコントロールできなかったとしても、緊急気道確保が成功していれば死亡には至らなかったはずであるので、トラブルシューティングのスキルや院内体制が不足していたと推測する。ガイドワイヤーの誤留置からの頚部血種発生の可能性があるが、X線透視下で実施していれば早期に気付き、重篤化を防止できた可能性が高い。長針を使用していたとしたら、そのリスクの認識も必要であった。予防と迅速対応に不備があった。

事例 2

①事例内容:

  • 肝硬変末期出血傾向のある患者。
  • 死因は、右椎骨動脈損傷による上縦隔及び右胸腔内出血。Ai有、解剖有。
  • 低カリウム血症の補正目的で、リアルタイム超音波ガイド下に右内頚静脈に中心静脈カテーテル(トリプルルーメン)の挿入を試みたが、ガイドワイヤー挿入時に抵抗がありいったん抜去した。再穿刺時に息苦しさの訴えがあったが、気胸を疑う超音波所見はなくカテーテルはスムーズに挿入された。終了15分後よりSpO2低下、血圧低下を認め、輸液・輸血等で対処するが改善なく、人工呼吸、持続的血液濾過透析等を施行するがカテーテル挿入から3日後に死亡した。

②存在していたリスク:

出血傾向

③合併症の分類:

動脈穿刺(右椎骨動脈誤穿刺)、上縦隔及び右胸腔内出血

④死亡の直接原因:

出血性ショック

⑤事故要因:

  • 技術:エコーの使用法と動脈穿刺を予防する穿刺挿入技術が不足していた。長針を使用し、それが傷害の大きい要因となった可能性が高い。
  • 知識:エコーガイド下穿刺のピットフォールに陥ってしまった可能性がある。出血傾向のリスク評価が不十分であった。長針での穿刺はそれ自体ハイリスクであることの認識が不足している。
  • 体制: 「再穿刺時の息苦しさ」という患者の訴えを重視していればもう少し早く合併症の発生を認識し、迅速対応につなげられた可能性がある。
  • 教育:十分な教育体制があったかどうかの検証が必要。

⑥総括:

そもそも当該患者に本当にCVCの適応があったのかというところからの検討が必要であるが、本当に必要であるならば安全に実施できる環境を整えておくべきだった。右椎骨動脈を誤穿刺した際の出血が止まらず(止められず)、上縦隔に貯留し、さらにそれが右胸腔内に穿破したと考えられる。胸腔内は陰圧であり、いったん胸腔内に出血すると短時間で大量に血管外に出血するリスクがある。出血傾向があればそれがさらに助長されるので、この患者の場合、いったん出血性の合併症が発生した場合、止血できないリスクがあり、その認識もふまえた計画が必要であった。椎骨動脈を誤穿刺しなければ出血性ショックには陥らずに済んだかもしれず、長針を使用したこと自体に大きい事故要因があると推定される。迅速対応が困難な合併症であるので、予防が重要であったが、そこに不備があった。

事例 3

①事例内容:

  • 高齢により食事摂取困難な患者。意思疎通困難
  • 死因は、気胸に関連する循環動態の変化、胸腔内出血(推定)。Ai無、解剖無。
  • 末梢血管確保が難しいため、輸液血管の確保の目的で、ランドマーク法により内頚静脈や鎖骨下静脈から中心静脈カテーテルの挿入を複数回試みるが、中心静脈への挿入はできなかった。動脈穿刺は数回あった。さらに、鼠径部からも試みたが挿入できず中止した。終了約40分後に撮影した胸部単純CTで気胸を認め、脱気したが効果はみられず、心肺停止となり死亡した。

②存在していたリスク:

血管内脱水(推定)、高齢、意思疎通困難

③合併症の分類:

緊張性気胸の疑い、または血胸の疑い

④死亡の直接原因:

心外閉塞・拘束性ショックの疑い、または出血性ショックの疑い

⑤事故要因:

  • 技術:血管内脱水患者におけるランドマーク法CVCは技術的に難しい。またランドマーク法で鎖骨下穿刺を実施していることから長針を使用したと考えられ、それらが気胸発生の要因となった可能性がある。多数回穿刺が合併症発生の原因になっている。
  • 知識:高齢で食事摂取困難な患者では血管内脱水となっている可能性が高く、CVカテーテルの挿入自体が困難だった可能性がある。血管内ボリュームは事前にエコーで評価可能であり、そのリスク評価が不足していた可能性がある。多数回穿刺は合併症の発生率を上昇させることの認識不足があり、その知識があれば多数回穿刺を回避し中止するか術者を交代することで致命的な合併症を回避できた可能性がある。
  • 体制:比較的早期に気胸は発見されているが、脱気を要するほどの重度の気胸であったことと、短い経過で心肺停止に至っていることから、緊張性気胸になっていた可能性が高い。比較的迅速に脱気を試みているようだが奏功せず、迅速対応に失敗している。急変患者対応システムが十分機能していたかどうかの検証も必要。
  • 教育:十分な教育体制があったかどうかの検証が必要。

⑥総括:

血管内脱水の穿刺リスクのある患者に対して、長針で鎖骨下を多数回穿刺したことから気胸を発生させ、それが緊張性気胸に進展したことが死亡原因となったと考えられる。多数回穿刺する前に、術者を交代するか中止するなどのトラブル回避策が必要だった。脱気が奏功しなかった理由は不明だが、このトラブルシューティングの不成功も破滅的な結果に直結している。短針を使用して、エコーガイド下穿刺で実施する技術があれば、胸腔を穿刺せず気胸も発生させずに済んだ可能性がある。予防と迅速対応が不備であった。

事例 4

①事例内容:

  • 肝切除術後、十二指腸穿孔による汎発性腹膜炎により緊急手術となった患者。門脈血栓に対しヘパリン使用中
  • 死因は、カテーテル抜去に伴う胸腔内出血(推定)。Ai無、解剖無。
  • 手術室で全身麻酔継続のまま、全身管理目的でリアルタイム超音波ガイド下に右内頚静脈から中心静脈カテーテル(ダブルルーメン)を挿入した。胸部X線でカテーテルの先端位置に問題ないと判断し、輸液を開始した。翌朝、胸部X線で右肺透過性低下、SpO2低下を認め、輸液を中止、胸腔ドレナージを施行した。胸部単純CTで、カテーテル先端が胸腔内に逸脱しているが、動脈穿刺ではないと判断し、カテーテルを抜去したところ、その数分後にショック状態となり、緊急開胸術を施行したが死亡した。

②存在していたリスク:
抗凝固療法中

③合併症の分類:
胸腔内輸液血胸

④死亡の直接原因:
出血性ショック

⑤事故要因:

  • 技術:長い穿刺針を使用したために頚部から胸腔まで穿刺した可能性がある。エコーガイド下穿刺での穿刺針先端の描出・誘導が不適切だった可能性がある。カテーテルを挿入した時点で先端は胸腔内に留置されていたと考えられ、逆血が確認できなかったはずであるが、その確認を怠っている可能性がある。
  • 知識:抗凝固療法中では出血性の合併症が助長されるリスクがあるが、その評価が不足していた。ヘパリンを中和してから抜去するべきであるが、実際そうしたかどうか不明。胸腔ドレナージに陰圧がかかっていたとすれば、カテーテル抜去時の出血がさらに助長された可能性があるため陰圧を停止するべきであるが実際そうしたかどうか不明。カテーテル先端が動脈内ではなかったとしても静脈を貫通していた可能性があり、単純に抜去した場合は胸腔内に大量に出血するリスクがあったがその認識が不足していたかもしれない。また、単純X線の正面像ではカテーテル先端位置が正確に評価できないことがあるという認識が必要であった。
  • 体制:CTの撮影後、専門医による読影で血管を貫通しているかどうか慎重な評価が必要であったと思われるが、どのように評価したか不明。
  • 教育:十分な教育体制があったかどうかの検証が必要。

⑥総括:
長針を使用したことがカテーテルの胸腔内留置の原因と考えられ、エコーガイド下穿刺でもそれが防止できていなかった。抜去後に多量に出血したことから、血管自体をカテーテルが貫通していたことが示唆される。抗凝固中に血管を損傷すると止血不能になる可能性の知識と予測がなかった。予防、早期発見、迅速対応にことごとく失敗している。

事例 5

①事例内容:

  • 潰瘍性大腸炎の患者。
  • 死因は、心タンポナーデによる心臓の拡張不全から誘発された致死性不整脈。Ai有、解剖有。
  • 中心静脈栄養目的で、ランドマーク法で右鎖骨下より大腿部用(60cm)のカテーテルを使用し25cm挿入。胸部X線で問題ないと判断し、中心静脈栄養を開始したが、輸液ラインに逆流を認めることがあった。挿入2週間後、気分不快が生じ、ショック状態となった。胸部CTで、カテーテル先端が右心室にあり、心タンポナーデであることを確認した。カテーテルを5cm引き抜いたところ、直後に心室細動となった。心肺蘇生を継続しながら転院するが、転院当日に死亡した。

②存在していたリスク:
なし

③合併症の分類:
心タンポナーデ、心室細動

④死亡の直接原因:
心タンポナーデ、心室細動

⑤事故要因:

  • 技術:(ー)
  • 知識:カテーテル先端が心腔内に留置されることで心タンポナーデを誘発するリスクの知識不足があった。
    不適切に長いカテーテルを選択し、深く留置するというカテーテル挿入長の基本的知識が不足していた。
  • 体制: カテーテル先端位置確認のためX線透視下で実施すべきであった。カテーテル先端位置が深すぎることにチーム内で早期に気付くべきであった。急変後すぐに転院できる連携体制はあったようだが、自施設内で蘇生が成功しなかったことから、院内急変体制の不備が疑われる。
  • 教育:十分な教育体制があったかどうかの検証が必要。

⑥総括:
適切なCVカテーテルの穿刺挿入法および起こりうる合併症に対する無知が引き起こした重大な過誤事例。予防策が破綻しており、迅速対応が奏功しなかったことも死亡要因。

事例 6

①事例内容:

  • 慢性腎不全で維持透析の患者。心房細動に対し抗凝固薬を服用中
  • 死因は、ガイドワイヤーでの奇静脈損傷による胸腔内出血。Ai有、解剖有。
  • 人工透析のための血管確保目的で、ランドマーク法により右内頚静脈から長期留置型血液透析カテーテルを挿入した。ガイドワイヤーは30cm挿入したが、抵抗感はなかった。カテーテル留置後、喘鳴出現。カテーテル位置確認のための胸部X線で心拡大と右胸水を認め、心不全の増悪と判断し除水目的で緊急透析を行った。透析開始と共に体動が激しくなり、透析開始してまもなく心肺停止となり死亡した。

②存在していたリスク:
抗凝固薬を服用中

③合併症の分類:
血管損傷血胸

④死亡の直接原因:
出血性ショック、緊張性血胸の疑い

⑤事故要因:

  • 技術:細い静脈への迷入から血管損傷となるようなガイドワイヤーの挿入技術に不備があると推測される。
  • 知識:適切なガイドワイヤー挿入長の知識不足。親水コーティングのガイドワイヤーが血管を穿通し血管外へ進みやすいリスクの知識不足。また、抗凝固中+血管損傷+緊急透析という複合的要因による大出血のリスクについての評価不足。
  • 体制:X線透視下であればガイドワイヤーの迷入からの血管損傷を予防できた可能性と、心不全の増悪でないという判断が早期にできた可能性がある。
  • 教育:十分な教育体制があったかどうかの検証が必要。

⑥総括:
抗凝固による出血傾向、非透視下操作による血管損傷、心不全という誤診による緊急透析などの要因が重なり出血性ショックに至ったと考えられる。予防、早期発見に不備があり、誤った対応をしたことで破滅的な結果になった。縦隔内に最初に出血しそれが右胸腔に穿破した可能性もある。

事例 7

①事例内容:

  • 慢性腎不全で維持透析、四肢麻痺で経管栄養中の骨髄異形成症候群の患者。意思疎通困難。
  • 死因は、血管損傷による縦隔血腫・胸腔内出血(推定)。Ai無、解剖無。
  • 人工透析のため長期留置型血液透析カテーテルの入れ替え目的で、X線透視及び、リアルタイム超音波ガイド下に左内頚静脈へカテーテル挿入を試みたが、頚動脈を穿刺。一時止血を得たため、左内頚静脈に再挿入した。その際のガイドワイヤー挿入時に抵抗があり、X線透視で位置確認を行い30cm挿入した。挿入部より出血が持続したが、翌日止血を確認した。挿入2日後、透析実施中に呼吸状態の変動をきたし、3日後の胸部単純CTで縦隔血腫を認め、挿入7日後に死亡した。

②存在していたリスク:
維持透析中、骨髄異形成症候群(出血傾向の可能性)、意思疎通困難

③合併症の分類:
血管損傷、縦隔血腫、血胸

④死亡の直接原因:
出血性ショック

⑤事故要因:

  • 技術動脈穿刺は未熟なエコーガイド下穿刺が原因であったと考えられる。
  • 知識:親水性ガイドワイヤーを使用した可能性があり、挿入時の抵抗が血管損傷に結び付くという知識が不足していた。
  • 体制:意思疎通困難で、身体の違和感などの徴候を伝えられず、早期発見の障害になっていた可能性がある。呼吸状態の変動が発生した日の翌日になって縦隔血腫が発見されており、対応が遅い。
  • 教育:十分な教育体制があったかどうかの検証が必要。

⑥総括:
左総頚動脈の誤穿刺、ガイドワイヤーによる静脈損傷(左腕頭静脈損傷?)、透析による抗凝固、で縦郭内への出血と胸腔内への穿破があって多量に出血したと推定できる。また、それを発見するまでに時間がかかっており、管理体制について疑問が残る。「3日後の胸部単純CTで縦隔血腫を認め、挿入7日後に死亡した」というこの間の経緯については不明。予防、早期発見に不備がある。

事例 8

①事例内容:

  • 慢性腎不全で維持透析、クモ膜下出血でV-Pシャント挿入中の患者。
  • 死因は、カテーテルの血管外留置による縦隔血腫(推定)。Ai有、解剖無。
    人工透析のための血管確保目的で、X線透視及び、リアルタイム超音波ガイド下に左内頚静脈へ長期留置型血液透析カテーテルを挿入した。カテーテルからの逆血は認めなかったが、注入はスムーズにできたため、血管内に留置されていると判断した。翌日、透析を開始し、返血用ルートとしてカテーテルを使用した。体外循環血流を増量したところ、眼球上転、意識消失、呼吸停止がみられた。胸部X線にて縦隔血腫を認め、1時間後に死亡した。

②存在していたリスク:
維持透析中

③合併症の分類:
カテーテル位置異常、縦隔血腫

④死亡の直接原因:
出血性ショック、または心外閉塞性拘束性ショックの可能性(縦隔血腫で心・大血管を圧排し循環不全を来していた場合)

⑤事故要因:

  • 技術:エコーガイド下穿刺の技術が未熟であった。ガイドワイヤーの誤留置を早期に発見できなかった。
  • 知識:血管外留置では逆血はなくとも注入はスムーズにできることは十分考えられることであり、それが合併症の所見のひとつであるという知識が不足している。カテーテルからの逆血を認めない場合は透析用に使用すべきではないという知識が不足している。
  • 体制:体外循環を開始する前の多職種での逆血確認ができていない。急変してからきわめて短時間のうちに死亡しており、院内急変対応システムが標準的に稼働できたのかどうかの検証が必要。
  • 教育:十分な教育体制があったかどうかの検証が必要。

⑥総括:
透析用カテーテルは通常のCVカテーテルとは異なり、短時間で大量に返血するという機能があり、血管内に正常に留置されていなかった場合には破滅的な結果になるということは容易に想像できる。ゆえにその分慎重に留置しカテーテル位置を確認しなければならない。透析を開始する前にはそのたびごとに逆血をME、看護師、医師などで確認するのが標準であるはずだが、その安全弁が機能していない。術者のミスでもあるが、透析開始時の確認ミスでもある。カテーテル挿入時の安全対策だけでなく、管理中の安全対策も同様に重要であるということを示した事案。予防、早期発見、早期対応のすべての段階で不備がみられる。

事例 9

①事例内容:

  • 間質性肺炎急性増悪、胃・十二指腸潰瘍で経管栄養が中止となった患者。意思疎通困難
  • 死因は不明。カテーテル先端の後腹膜への誤挿入が病状の増悪要因(推定)。Ai 無、解剖無。
  • 中心静脈栄養目的で、ランドマーク法により右鼠経部から中心静脈カテーテル(ダブルルーメン)の挿入を試みたが、静脈の虚脱により複数回穿刺したが、穿刺できなかった。左鼠径部から穿刺し挿入されたことを腹部X線で確認した。点滴開始12時間後にショック状態となった。下腹部膨満と軽度疼痛があり、腹部単純CTで、カテーテル先端が後腹膜に留置されていることが判明し、点滴を中止した。腹腔穿刺を行ったが、穿孔性腹膜炎は否定的で、保存的治療を行うが徐々に状態は悪化し、挿入4日後に死亡した。

②存在していたリスク:
意思疎通困難、静脈の虚脱(血管内脱水)

③合併症の分類:
カテーテル位置異常、後腹膜輸液または後腹膜血腫

④死亡の直接原因:
後腹膜輸液または後腹膜血腫による多臓器不全(推定)ないし出血性ショック

⑤事故要因:

  • 技術:虚脱した静脈をランドマーク法で穿刺することは技術的に難しく、多数回穿刺となる前に術者を交代するか中止するべきであった。長針使用で鼡径靭帯に近い穿刺点で骨盤腔を穿刺し、カテーテルが後腹膜に留置されてしまった可能性がある。
  • 知識:カテーテル先端が後腹膜に誤挿入されていることは腹部正面単純X線では見抜けない可能性があるが、逆血はなかったはずでそれが血管外留置の所見のひとつであるという知識が不足している。
  • 体制:意思疎通困難で、身体の違和感などの徴候を伝えられず、早期発見の障害になっていた可能性がある。急変した際に、院内急変対応システムが稼働できたのかどうかの検証が必要。
  • 教育:十分な教育体制があったかどうかの検証が必要。

⑥総括:
鼡径部からのアプローチで骨盤腔を穿刺してしまうことは、長針を使用したとすればありうる。また、左大腿静脈からのカテーテル挿入では、上行腰静脈への迷入のリスクとその静脈の穿破から後腹膜に出血するか、後腹膜腔に輸液してしまう合併症が報告されている。左大腿静脈からの挿入はこうした特別なリスクがあることの認識が必要である。血管内へのカテーテル留置を確実に確認しなければこうした破滅的な結果になりうる。予防、早期発見に不備がある。

事例 10

①事例内容:

  • 進行癌、イレウスの患者。閉塞性動脈硬化症に対し抗血小板薬を服用中
  • 死因は、癌血行性転移による出血性脳梗塞(推定)。Ai無、解剖無。
  • 中心静脈栄養目的でリアルタイム超音波ガイド下に右内頚静脈へ中心静脈カテーテルを挿入した。胸部X線で確認後、輸液ポンプで点滴を開始した。挿入約9時間後に息苦しさを訴え、その後咳嗽・胸痛が出現し気胸と診断され、胸腔ドレーンを挿入した。挿入2日後の点滴交換時に拍動性の血液の逆流を認め、胸部単純CTで、カテーテルが内頚静脈から鎖骨下動脈を穿通し、大動脈内に留置されていることが判明した。血小板輸血及び心臓血管外科医師の待機のもとにカテーテルを抜去し、止血した。その約1か月後、原病に関連した合併症により死亡した。

②存在していたリスク:
進行癌、抗血小板薬を服用中

③合併症の分類:
動脈カニュレーション

④死亡の直接原因:
癌血行性転移による出血性脳梗塞(動脈カニュレーションとは無関係と推定)

⑤事故要因:

  • 技術:未熟なエコーガイド下穿刺による動脈穿刺。長い穿刺を使用し、右鎖骨下動脈まで深く穿刺したのは技術的に不適切。短針を使用していれば右鎖骨下動脈誤穿刺・動脈カニュレーションは予防できた可能性がある。
  • 知識動脈カニュレーションは挿入直後から拍動性の逆流があったはずであるが認識されていない。輸液ポンプを使用したことにより、拍動性逆流がマスクされた可能性がある。カテーテルの単純正面X線写真による位置確認は、時に異常を発見しにくい場合があることを知っておく必要がある。わずかでも疑わしい所見があればCTなどで精査することが必要。
  • 体制:X線透視下で実施していれば、異常なカテーテル挿入経路がリアルタイムで認識できた可能性がある。胸部X線でのカテーテル位置確認が不正確であった可能性がある。心臓血管外科医師の待機のもとにカテーテルを抜去したことは、合併症による直接死亡を防止するうえで必要な処置であり、その体制はできていた。
  • 教育:十分な教育体制があったかどうかの検証が必要。

⑥総括:
正確にエコーガイド下穿刺を行う技術が未熟であることに加え、長針を使用して深く穿刺したために鎖骨下動脈まで到達してしまった。動脈穿刺が早期に認識されず、カテーテルまで挿入され、この発見も遅れており、挿入後の確認や管理体制にも不備がある。予防、早期発見に不備がある。

考察

「中心静脈穿刺合併症に係る死亡の分析」では、これらの事例から、適応、説明と納得、穿刺手技、カテーテルの位置確認、患者管理の5つの側面から提言を行っています。これらを提言をふまえて考察します。

提言1:
中心静脈穿刺は、致死的合併症が生じ得るリスクの高い医療行為(危険手技)であるとの認識を持つことが最も重要である。血液凝固障害、血管内脱水のある患者は、特に致命的となるリスクが高く、中心静脈カテーテル挿入の適応については、末梢挿入型中心静脈カテーテル(PICC)による代替を含め、合議で慎重に決定する。

(出典:CVC提言

「CVCは危険手技である」と日本で最初に公に宣言したのは、2008年5月に発足した医療安全全国共同行動と記憶していますので、今さらながら、改めて「CVCは危険手技である認識を持つことが最も重要」と事故調が指摘しなければならないことに、率直な驚きを覚えます。それだけ、危険性の認識が医療業界には薄いままだったという証左です。

事例を通してみると、リスクの存在と種類、リスクの回避方法、リスクが現実化した場合の傷害程度の予測、傷害発生時の対応方法、など事前のリスク評価が甘いということです。それなら合議して検討しないとまずいですねというメッセージになるのも仕方ありません。患者が抱えているリスクには、実に多くの種類があり(CVCの手順と体制>リスク評価 参照)、中にはかなり深くサーベイしないと見つからない隠れたリスクもあります。このリスクをどれだけ事前に洗い出せるかが、事故予防に直結します。これは実際、かなり面倒な作業です。しかも簡単にできる方法が見当たりません。患者の安全のために、労力を惜しまない努力が必要、としか言いようがありません。

PICCの選択についての示唆もありますが、その適用についてはいくつか制限が生じます。つまり、

  • PICCは血液透析用カテーテルの代替にはならないこと
  • マルチルーメンのPICCは、日本人の体格・血管径では適用しにくいこと
  • シングルルーメンカテーテルが中心になるが、ひとつのルーメンに高カロリー輸液を含め多剤が同時に投与される傾向になること。これにより感染のチャンスが増加する可能性がある。
  • コスト面で問題になる場合があること
  • 長い親水性ガイドワイヤーをどう取り扱うかについてのコンセンサスがないこと(ベッドサイドで実施してもよいのか?)
  • カテーテルが長い分、血栓形成のリスクがCVカテーテルよりも高いこと

などの短所があり、つねにCVカテーテルの代替になるわけではありません。あくまで患者の状態に応じて使い分ける選択肢のひとつであるに過ぎません。PICCにもそれなりのリスクはあり、CVCがPICCにシフトしていけば事故が減ると安直に考えたとしたら、それこそがピットフォールであり事故の遠因となりかねないことにも、警鐘が必要でしょう。良かれと思ってした処置が真逆の結果をもたらす、医療業界ではざらにある話です。

なお、PICCについては「基本的に上腕の尺側皮静脈に挿入される末梢挿入型中心静脈カテーテル」と記されており、PICCは上腕から穿刺挿入する上腕PICCを標準とすること、裏を返せば古典的PICCである前腕・肘関節正中からの穿刺挿入は推奨しないということを示唆しています。上腕PICCはエコーガイド下穿刺でしか実施できないので、CVCの代替としてのPICCの検討はもちろんあってもよいのですが、きちんとエコーガイド下穿刺できる体制・教育も整備してくださいというメッセージになります。

10事例のうち、7例には肝硬変、骨髄異形成症候群、播種性血管内凝固症候群といった併存症や抗凝固・抗血小板剤投与中の高い出血リスクがありました。また6例がBMI20以下のるいそう患者で、血管内脱水の影響も十分考えられるハイリスク患者でした。CVCが必要な患者はもともと全身状態が悪く、一般的にハイリスクである場合が多いのに加え、こうした突出したリスクも承知で実施しなければならない場合も多いことになります。合併症を作らない高度技術も必要、起きたときは専門的かつ高い経験値に裏打ちされたトラブルシューティングも必要。つまりCVCは一般的・基本的医療処置ではありますが、同時に高い専門性も要求される処置であるということになります。実際、事例の半数がこのトラブルシューティング・急変対応に問題があることがうかがわれました。こういうところもCVCの難しいところです。こうなると術後の患者管理体制と、合併症発生時の緊急対応システムの適不適の問題が浮上します。この点で提言8,9に患者管理の面で言及があります。

提言8:
中心静脈カテーテル挿入後の管理においては、致死的合併症の発生も念頭において注意深い観察が必要である。血圧低下や息苦しさ、不穏症状などの患者の変化や、輸液ラインの不自然な逆流を認めた場合は、血胸気胸・気道狭窄、カテーテル先端の位置異常を積極的に疑い、迅速に検査し診断する必要がある。また、穿刺時にトラブルがあった場合などを含め、医師と看護師はこれらの情報を共有し、患者の状態を観察する。

提言9:
中心静脈穿刺合併症出現時に迅速に対応できるよう、他科との連携や、他院への転院を含めたマニュアルを整備しておく。

(出典:CVC提言

 

提言では「穿刺中及び穿刺後に生体監視モニターを装着していなかったものは10事例中4例であった」と記載されています。危険手技として認知されているCVCの処置中に、生体モニターでバイタルサインを監視しないということは非常にまずいことであり、過誤にあたると判断される可能性が高いです。処置室や病室が狭い、血管造影室に連れて行くのが面倒などの理由モニタリングしないことは、もう言い訳できないのです。さらに処置後に時間が経過してから発覚する合併症も珍しくなく、一定時間はモニタリングする方が安全です。患者の自覚症状が最初の徴候であることも珍しくはないため、そうした観点から患者を観察することも必要でしょう。意思表示や意思疎通が困難な患者の場は一層デリケートなバイタルサインの観察が必要です。

このようにみていくと、CVCの穿刺・挿入・管理の全過程で、術者医師と担当看護師の情報共有と連携と責任感をもった対応が不可欠であるということになります。要するに、CVCは病院全体で安全確保に努める、という安全意識の底上げと体制強化が必要であるということです。

有害事象が発生した際の迅速対応は、安全対策の最後の砦であり、それも明文化・マニュアル化されていることが不可欠です。これは院内急変対応システムやrapid response system(RRS)とも連動してくる課題です。医師・看護師・コメディカルを含めた患者観察と、変化が起きた場合の迅速な情報共有、有害事象発生時における他科専門医への迅速なコンサルテーション、また重症化後の地域内の転院搬送、など二重三重のセイフティネットの構築が患者安全には必要であることと、それを可能にする普段からのコミュニケーションも重要だということです。こうしてCVCの安全管理体制を作るということは、組織全体の患者安全体制の構築や底上げに直結しているということがわかります。CVCの安全対策はシステム全体に影響を及ぼすということであり、「たかがCV」とは決して言えない問題なのです。

提言2:
中心静脈カテーテル挿入時には、その必要性及び患者個別のリスクを書面で説明する。特にハイリスク患者で、死亡する危険を考慮しても挿入が必要と判断される場合は、その旨を十分に説明し、患者あるいは家族の納得を得ることが重要である。

(出典:CVC提言

説明と同意、とその記録は医療の基本です。その患者がかかえているリスクに特にフォーカスして重点的に説明することも大切なことです。ですが事故調提言によれば、「説明用紙を用いて説明されたことが確認できた事例は、10事例中5例、口頭で説明された事例は2例であった」ということ、また、医療者側と家族とで危険性の認識にも差があったということです。事前に納得もなく事故で死亡したということであれば、それこそ遺族は納得しないでしょう。係争の可能性も高まります。日常業務の忙しさを言い訳にするには代償が大きすぎます。決しておろそかにはできないプロセスです。

たしかにCVCの説明では、実施方法や合併症のバリエーションのすべてを説明しきれないということと、できるだけ説明してもそれがかえって不安をあおり、必要な処置ができなくなるかもしれないというジレンマがあります。事故の可能性の説明は必要なことですが、すべての患者、すべての術者、すべての状況で同程度の可能性があるわけではありません。ではどこまで、どのように説明すれば必要十分と言えるのでしょうか。提言1ともあわせ、リスク評価をきちんと行い、それを中心に説明することがポイントではないでしょうか。「特にハイリスク患者では致命的にとなり得る危険性を考慮した上で、なお挿入が必要である点を、患者あるいは家族が納得できるように説明することが重要である」というのは、その通りでしょう。また、リスク評価の段階でCVCが致命的な結果をもたらす確率が高い場合や、それ以上リスクを低減させることが困難であると評価した場合は、「CVCは実施しない」という選択肢もあるはずです。良かれと思ってした医療行為が裏目に出る。これが日常診療で頻繁に発生している現代医療の負の部分ですが、これはできるだけ避けなければならないでしょう。CVCは「いちかばちか」で行う医療行為ではありません。

「これらの手続きを経ることで、穿刺リスクをチームとして共有し、合併症対策や患者管理にも重点的に対応することに繋がる」という記載は重要な指摘です。きちんとした説明書はきちんとリスクを意識していることになり、その予測が合併症が現実化した場合でも適切な対応に結びつくということです。説明したんだから何があっても仕方がない、納得したんだから事故ではない、という言い訳のための説明ではなく、安全確保のひとつの手段でもあるといえます。

とはいっても、CVCのような一般的基本的医療処置では、ほとんど何も起きないような技術やシステムを構築することがまず医療人としての努力目標であり、それが確立した上で適切な説明をして納得を得るという手順が必要なのではないでしょうか。患者や家族の側からしたら、説明があってもなくても、事前に十分納得していたとしても、事故が起きてしまったら納得しきれないかもしれません。だから事故が起きないに越したことはありません。ですが提言中の事例では、ハイリスクの患者に対して、できるだけリスクを低減する努力がどれだけ払われたか疑問である例がとても多いのです。どれだけ丁寧に説明し、納得と同意を得たとしても、不十分な準備・トレーニング・体制であれば事故の確率は高まります。それでは医療レベルとしては低く、患者と家族の医療に対する期待感を満足させることにはなりません。事前説明が免罪符代わりになるという含意はこの提言にはないのは自明ですが、事故が起きないようなシステムづくりの方が優先度が高いこともまた自明といえるでしょう。

提言3:
内頚静脈穿刺前に、超音波で静脈の性状(太さ、虚脱の有無)、深さ、動脈との位置関係を確認するためのプレスキャンを行うことを推奨する。

(出典:CVC提言

「近年では気胸の合併症リスクが低く、操作性の良い内頚静脈が選択される傾向にある」と記載されていますが、過去のCVC事故報道事例を見ても、この提言の事例(10例中8例で内頚静脈が選択されていた)を見ても、実は頚部からのアプローチによる事故が最も多いという事実があります。鎖骨下穿刺で機械的合併症の発生率が高いというデータはたしかにありますが、「鎖骨下穿刺は危ないから、比較的安全な内頚静脈穿刺を推奨する」というポリシーがあったとしたら、それは事実に立脚しているとはいえません。どちらもリスクなのです。

たとえばエコーガイド下穿刺で実施した例が10例中6例で、それらはすべて頚部からの穿刺で、しかもプレスキャンも実施していました。(E: エコーガイド下穿刺、L: ランドマーク法穿刺)

 

エコーは本来はこうした重大事故を防止するためのツールですが、事故事例ではその有用性を発揮できていないことが如実に表れています。それどころかむしろ、エコーの使用方法や技術に習熟していなければかえってリスクが高くなる可能性をも示唆しています。「生兵法はけがの元」「宝の持ち腐れ」ということです。なので、プレスキャンを行うことの重要性は強調されるべきですが、その内容が問題となるわけです。ランドマーク法では穿刺部周辺の人体内部は透見できないので、リスクがあろうがなかろうがそこは無視して、えいやっ、で刺すしかありません。穿刺用エコーが発達して内部構造がよく見えるようになったことは大きい技術的進歩といえますが、同時にリスクも見えるようになったのです。見えるようになったリスクを見ないですませることは許されないし、見える限りのリスクの検出に努めなければならないタスクが新たに発生したことになります。そうすると、プレスキャンの記事で記述したような多くの側面からリスクを評価しなければならなくなります。そのように質を高めていかざるを得なくなったわけです。

事故調では穿刺手技のポイントとして動画を公開しています(https://www.medsafe.or.jp/movie/、「超音波ガイド法の習得に向けて」)。そのなかでプレスキャンについても触れられていますが、詳細というわけではありません。またシミュレータではプレスキャンのポイントをすべてトレーニングできません。人体はより複雑で個体差が非常に大きいのです。これはシミュレータを使用したトレーニングの限界を示しています。シミュレーショントレーニングはもちろん重要ですが、シミュレータはあくまでシミュレータであって、それで習熟することが即人体での成功率に結びつくわけではありません。むしろ人体はシミュレータと多くの面で異なるために、実際の処置でその違いに戸惑って自信を無くすというケースもあります。こうした限界も認識しておく必要があります。

シミュレータトレーニングは自動車教習所でいえば「場内教習」レベルにすぎません。場内での走行が上達したからと言って、即路上に出ても大丈夫と考える人はいないのと同じです。場内教習に合格したあと、教官のスーパーバイズの元、路上教習を繰り返してやっと卒検ということになります。教習所を卒業してもそれだけではペーパードライバーで、さらに常的に運転し習熟していく必要があります。CVCのトレーニングも同様の過程をイメージした研修教育が必要でしょう。

提言4:
リアルタイム超音波ガイド下穿刺は、超音波の特性とピットフォール(盲点)を理解した上で使用しなければ誤穿刺となり得る。術者はあらかじめシミュレーショントレーニングを受けることを推奨する。

(出典:CVC提言

エコーガイド下穿刺ピットフォールについてはエコーガイド下穿刺>描出・穿刺テクニック>ピットフォールにまとめてあります。便利な機械がありさえすればいいのではなく、ピットフォールを回避する知識と技術が事前に必要であることは何度強調してもしすぎることはありません。エコーガイド下穿刺の技術的な核心はごくシンプルに表現すれば「穿刺針先端を目標血管に誘導する」ということです。これがピットフォールを回避するコンセプトです。これに習熟しなければ、穿刺針先端位置が不明確なまま闇雲な穿刺となり、エコーガイド下「ブラインド穿刺」という矛盾した技術になってしまいます。それでも偶然穿刺が成功することもありますが、それは「なんちゃってエコーガイド」です。この核心技術の成功不成功、うまいへたが、患者の安全にダイレクトに結びついているということを事故調の事例が雄弁に物語っています。技術論がそのまま患者の生死に関わっているという点で、術者の責任は非常に重いのです。その意味で、エコーガイド下穿刺の技術トレーニングは、CVC医療安全と不可分の関係にあります。

提言5:
中心静脈カテーテルセットの穿刺針は、内頚静脈の深さに比較し長いことが多いため、内頚静脈穿刺の場合、特にるい痩患者では、深く刺しすぎないことに留意する。

(出典:CVC提言

内頚静脈穿刺の場合、「深く刺しすぎないことは最も留意すべき点であり、3cm以上は穿刺しないことが重要である」という指摘は当を得ており、またそれ以上に重要な点があります。穿刺針の長さです。長い穿刺針を使用したことが要因で発生したと推測される合併症事例が、10例中6例、またはそれ以上存在していました(提言では、「事例のいずれにおいても、使用した中心静脈カテーテルセットに含まれる穿刺針の長さは6.0~8.9cm」と記載されています)。なぜこうなってしまったのでしょうか。

その理由は多くの施設ではCVCでは長い針を使用することが伝承文化となっているから、としかわたしには理解のしようがありません。解剖学的に合理的に考えれば、特に内頚静脈穿刺では短い針で必要十分なのですから短い針を使えばいいだけの話です。カテーテルキットに長針しか入っていないとしても、短い針を別に準備することは簡単です。それがなされないのは因襲そのものです。その因襲が死亡事故を引き起こしているのです。内頚静脈穿刺だけでなく、エコーガイド下穿刺>デバイスの記事で解説したように、鎖骨下_腋窩静脈穿刺であっても、34mmの短い穿刺針でほとんど成功し、またほとんど胸腔穿刺する可能性がないことを自験例で示しました。ここから類推すると日本人の内頚静脈穿刺ではおそらく全例が短針で穿刺可能で、大腿静脈でもおそらく肥満患者以外では短針で穿刺できると思われます。短針は深く穿刺しすぎることがそもそも不可能であり、誤った深い穿刺によって生じる合併症をその構造自体で強力に防止しています。つまりフールプルーフとして作用しています。このように、あたりまえではありますが見過ごされてきた、事故防止の強力な抑止策である「短い穿刺針を基本的に使用する」という安全対策を、この提言を機に積極的に推進する運動が必要です。

提言6:
穿刺手技時、ガイドワイヤーが目的とする静脈内にあることを超音波やX線透視で確認する。特に内頚静脈穿刺の場合、ガイドワイヤーによる不整脈や静脈壁損傷を減らすために、ガイドワイヤーは20cm以上挿入しない。

(出典:CVC提言

ガイドワイヤーの挿入過程で血管を損傷した例、ガイドワイヤーが血管外を進んでしまった例などが事例の中にあり、穿刺以降のプロセスの安全対策も重要であることが示されています。確かに挿入されたガイドワイヤーは超音波で静脈内かどうかを判定できます、事故調の動画の中にもあるように、短軸と長軸の両方で確認するのが良いでしょう。これはエコーガイド下穿刺>ポストスキャンの記事で解説しました。ただしエコーでは描出可能範囲が狭く、先端がどこにあるかまではわかりません。ガイドワイヤーの種類によってはその描出性によって血管内外の区別が難しいものもあります。提言1では「20cm以上挿入しない」ことを推奨していますが、この20cmの挿入長は経験上、頚部からでも鎖骨下からでも一般的な体格の日本人では、右房・右室まで到達し得る長さであり、必ずしも安全マージンが取られているとはいえません。先端位置は体格の個体差や刺入点の位置によっても変わってきます。となるとガイドワイヤーの挿入過程の安全確保が最も向上する方策はX線透視下での挿入ということになります。これには、X線透視下での操作や特性、血管解剖を熟知するトレーニングが別途必要になるというハードルと、CVCで血管造影室などを基本的に使用できるようにするというコンセンサスづくりのハードルがありますが、越えられない高さではないでしょう。この透視下操作は安全性に非常に大きく貢献するので、提言1で「ガイドワイヤー挿入時点で、血管内にあることを超音波やX線透視で確認することが重要である」と記載されたことは、X線透視下CVCが標準化されるのを目指す上では重要なコーナーストーンになる期待感があります。CVCは透視下操作で!これが標準です。

提言7:
留置したカテーテルから十分な逆血を確認することができない場合は、そのカテーテルは原則使用しない。特に透析用留置カテーテルの場合は、致死的合併症となる可能性が高いため、カテーテルの位置確認を確実に行う必要がある。

(出典:CVC提言

カテーテルが血管内に留置されるか血管外に留置されるかは、ガイドワイヤーが挿入されたときにほとんど決まってしまうため、この「穿刺からガイドワイヤーが血管内を進むところまで」のプロセスが、CVCでは最も重要で神経を遣うところです。穿刺は成功してもガイドワイヤーを挿入する段になって針先が動き、穿刺針が後壁に抜けてしまえば、ガイドワイヤーが血管外を進んでしまいます。その場合穿刺は1回は成功しているので、ガイドワイヤーが血管外を進んでいることに気づきにくくなります。X線透視下ではガイドワイヤーが進んでいく過程がリアルタイムで確認でき、血管内か血管外か、動脈か静脈かが判定でき、その場で修正もできます。とはいってもガイドワイヤーもカテーテルも血管内留置に見えるが血液の逆血が確認できない場合は、血管外留置の可能性があります。先端やサイドホールが壁当たりして逆血が得にくいという事象にはたしかに時々遭遇しますが、その場合でも逆血が“freely”に引けることを確認できるまでカテーテルを回転させたり少し位置を調整する必要があります。それでも逆血がfreelyに得られなければそのルーメンは使用しない、または抜去するというルールが必要となります。特に透析用カテーテルでは返血ラインが血管外であれば、短時間で大量の血液が血管外に返血され漏出することになり、重大事故につながります。血は引けないけど押すのは抵抗がないからといって透析を回してしまうと、事例8のように壊滅的な結果になりかねません。非透視下操作の場合でも逆血がどうしても得られない場合は血管外の可能性を考えて抜去するのが標準手順でしょう。そう考えると10事例中4例で逆血が確認できないままCVカテーテルを使用していたのは驚くべきことです。そんな雑なことで患者の安全が守れるはずがありません。

単純X線写真上、カテーテルのラインがおかしいとか先端がちょっとまがっているなどの、微妙な変化も重大な有害事象の所見である場合があるので、そうした所見を発見した場合はCTで確認することが安全です。ただしCTの画像を過度に信用することは新たなリスクとなることに注意しましょう。血管外でも血管内に見えることはありうるからです。

透析用カテーテルの挿入時・挿入後の事故は10事例中3例と目立っています。穿刺針、ガイドワイヤー、ダイレータ、カテーテルなどの構造が、より侵襲度が高いためだと考えられ、透析用カテーテルとその挿入手技・管理には、特別に技術的に検討・配慮すべき点があると考えられます。

このように見ていくと、事故の3大要因は1.エコーガイド法の適正な技術が欠如していること、2.X線透視下操作がないか不適切だったこと、3.長針(+大口径)針を使用したこと、といえるようです。逆に言えば、この3つの要因が適正化されれば、CVCの事故はかなり低減されるはずだということになります。これらを標準化していくこと、これが具体的で有効なCVC安全対策といえるでしょう。

まとめ

これまでCVCの危険性・問題点・事故事例は断片的には公表されてきましたが、まとまった形ではこの事故調提言1が初めてです。「品質管理の基本は潜在不良を顕在化させること(石川馨)」といわれているように、この提言によってCVCの品質向上に弾みがつくことが期待されます。ただし、事故調にすら報告されずに処理されている事例もあると推測されるので、事故調が完全な事例の収集機能や、完全な潜在不良の顕在化機能までは有していない限界もあります。

実のところ、分析された10事例と同種の事故は過去すでに医療事故として報道されていました。その失敗が教訓として、また情報共有として活かされていないことも、今回浮き彫りになりました。医療業界において、失敗から学ぶという文化が、すくなくともCVCにおいては希薄であるといえます。「以前から同様の事象が繰り返し発生しており、・・・まずは再発防止の第一報として今回の提言をまとめました。」と記述されており、 「今回の提言は、決して新しいことではなく、これまでに各種ガイドラインなどで触れられていたこと(再発防止委員会委員の宮田哲郎氏)」という発言もありました。

(出典:m3.com

 

ということは、CVCで事故が多発していることは公然の秘密で、「臭い物に蓋」をしていた、ということになります。なぜ今まで蓋をし続けていたか。たぶん、CVCの医療安全対策を公に策定するのは非常に困難だからです。誰もそんなめんどくさいことに関わりたくなかったのです。しかしとうとう蓋で抑えられなくなり、CVCが現代医療のダークサイドだということが暴露されたのです。

「提言しただけでは再発防止につながっていかない。いかに周知させるかが重要(宮田哲郎氏)」ともありますが、その具体的な方法は明らかではありません。この時点では提言しただけにとどまっています。CVCに関係する医療関係者ひとりひとりに話しかけるように周知させることは、現実的ではありませんので、各施設のCVCをマネジメントする委員会などの部署に通達し、その委員会がまた院内に周知させるというトップダウン式が効率的で有効だと考えらえれます。つまり、そのようなマネジメント部門の確立が必要だということです。

あるいはこのサイトのようにネットでボトムから安全対策・安全手技の拡散を図るのもひとつの手法と思いますが、草の根的な運動であり明らかに限界があります。やはりなんらかの強力な指導が必要です。今後の展開に期待したいところです。

この提言1の失敗事例から学んだことをどのように生かすか。報道事例からの知見とも合わせて“CVC安全体制の要件” としてまとめました。ご参照ください。

MEMO

医療における”質中心経営”の重要性 東京大学名誉教授 飯塚悦功氏

──医療の分野においても品質の考え方・方法論を適用することができると考えられたわけですね。
飯塚 効き目はすぐに現れないかもしれませんが、品質アプローチは必ずうまくいくと思っていました。どのような分野でも、質の良いものをつくるためには4つの要件が必要です。
1つは技術で、医療をやるためには医学がわかっていなければならないし、人間に関する理解がなくてはならない。薬の化学的作用や生理学的作用についてもわかっていなければなりません。このような固有の技術が必要です。ところがこの固有技術を使って、さまざまな人に対して安定的にサービスを提供するとなれば、組織をつくり、手順をつくり、人を教育し、設備類を整備してと、マネジメントが必要になってきます。技術を具現化するためにはマネジメントが必要であることが2つ目で、3つ目はです。働く人々の意欲、モチベーション、それから知識・技術をもっていなければならない。また、腕前・スキルもなければなりません。そして4つ目が組織の価値観や文化です。安全文化とか、患者のほうを向くとか、人に対して優しいなど組織としてのDNAのようなものを持つこと。これが結構重要で、きちんとしたサービス提供をするために技術が存在し、マネジメントすなわち技術をつかいこなす技術があり、人がきちんと取り組んだとしても、難しい状況に出くわすこともあります。安全といってもどこまで極めなければならないかなど、判断の難しいことが起きますが、ある種の価値観を持っている組織は、間違いなくこなしていきます。

──4つの要件を充足することで、質・安全が向上できるということですね。
飯塚 ブラックジャックやゴッドハンドだけでは医療はできないし、ナイチンゲールを100万人確保することもできない。必要なことは、人をどう動かすかも含めたマネジメントです。価値観とか文化・風土も、組織にはじめから備わっているというわけではなく、マネジメントを工夫すれば3年ぐらいで組織に植え込むことができます。繰り返し教え込むとか、手順のなかに織り込むことで、良い風土、価値観ができてくる。つまり、マネジメントをしっかりすることによって、かなり良い組織ができあがります。車や電気製品の設計・製造でも、いろんな品質トラブルが起きますが、その90%以上は技術不足が理由ではなく、マネジメントの不備、技術を生かし切れないトラブルが多いのです。医療においても、起きた事故のほとんどは、起きてみれば当たり前なんです。起きる事情はよくわかる。ところが、そのような危険な状況にあることを認識していなかったり、あらかじめソフトランディングできる用意がなされていない。安全に関する「いつ」「どこで」「どう危ないか」のコア技術は存在しているけれども、それを適用できない。ですから、今と同じ技術レベルで、ちょっとやり方を変えてうまく組織運営すれば、もう少しレベルアップできると思います。(平成25年4月27日)

(出典:TKC全国会 医業・会計システム研究会