2022年5月31日投稿

エコーガイド法が広まり始めた当初から、このテーマで論争がありますね。

ブラインド派は、鼡径の大腿静脈穿刺なんかブラインド(ランドマーク法)で簡単に穿刺できる。成功率も高いし、早い。緊急時にはエコーなんか使ってるヒマはない。そもそもエコーがない環境ならどうする?という感じで、エコー派は、大腿静脈穿刺だからといって甘く見ると後腹膜血腫のような致命的な合併症もある。そもそも今はもうブラインド技術を自慢する時代じゃない、安全で確実なのが一番、というような主張のようです。

それから、エコーガイドは基本的に実施するべきだけど蘇生時などは例外的にブラインド穿刺でもいい、という折衷派もあります。

このサイトの基本ポリシーがエコーガイド下穿刺なので、わたしがエコー万歳派と思われるかもしれませんが、個人的には折衷派です。ブラインド穿刺を完全否定する立場ではありません。というのも、救急集中領域ではブラインド穿刺もいまだに重要なスキルだからです。

たとえば以前対応した例です。院内急変の現場に行ってみると外来ブースの観察ベッドで蘇生が始まっていて、胸骨圧迫の横でナースが末梢ルートを取るのに苦戦していました。外来患者なのでキープされた静脈路がなかったわけです。静脈ルートがないと蘇生が進められません。見回すと研修医はいますがルート確保を頼めそうな人はいません。エコーもすぐに持ってこれない、というような環境です。追い込まれました。自分でブラインド穿刺するしかありません。サーフロー®18G(32mm)にシリンジを付けて、右鼡径の大腿静脈を穿刺し、1回目は、穿刺は成功しましたがカニュレーションがうまくいかずやり直し、2回目でカニュレーションも成功しました。しかし1回目の穿刺からカニュレーション成功まで1分42秒でした。多数回穿刺すると時間がかかる、を実践してしまいました。

このとき、「エコーがないからルートがとれない、ルートが取れないから蘇生処置がすすまない」という言い訳は救急科専門医としてはできません。待機的なCVでは基本的にエコーガイドだけれども、緊急時にはリスクや不確実性を承知でブラインド穿刺にトライする、というようなセットに普段からしておく必要があり、その意味ではブラインド穿刺の技術レベルを維持しておかなければなりません。

ブラインド穿刺は正常解剖の知識と経験とに裏付けられた洗練された穿刺技術であり、ブラインド穿刺に絶対の自信と肯定感を持つドクターの意見は、やはりそれなりに傾聴に値すると思います。とはいえ、だいぶ前のある外科系学会のシンポジウムで、テーマがエコーガイド下穿刺のススメというものだったのですが、質疑応答の時に、とある先生から「僕はねぇー!これまで5000件CVやってきたけどねえ、1回も合併症は起こしてないんですよ!エコーなんか必要ないんですよ!」と、シンポジウムのテーマを根底からひっくり返すご発言で面罵されたこともありました。あまり極端に行き過ぎるのもどうかと思います。

ブラインド穿刺の問題は、ブラインド・エキスパートが自らの洗練技術に固執する傾向が強いことと、その技術は時間とともに一部の領域を除き、継承されなくなることが確定している、ということです。「ブラインドで刺せないのは下手だから、下手糞にはやらせるな」というのであれば、だんだんCV自体も実践する医者がいなくなることになってしまうわけです。医療ビジネスの継続性がブラインド穿刺オンリーからはどうしても出てこない。

こうした側面からもエコーガイド下穿刺が主流である、主流になることは確定していますが、「エコーガイド下穿刺は慣れないと逆にリスクが上がる」という指摘も昔からあって、それも本当のことなのでここがまたやっかいなところです。医療事故調提言1でもエコーガイドで実施していたが研修不足により結果として死亡事案になった例が多かったと報告されています。これは技術研修の問題ですが、かなり大きいハードルです。

エコーガイド下穿刺をやったことがないブラインド穿刺のエキスパートが、エコープローブを持ったら直ちにエコーガイド下穿刺のエキスパートになるかといえば、それは無理です。エコーガイド下穿刺のポイントは、技術的なハードルやピットフォールがいくつかあって、それを知識的に認識し、技術的に習熟するプロセスがどうしても必要です。ブラインドから単純に乗り換えられるものではありません。ブラインド・エキスパートがゼロスタートでエコーをトレーニングするかといえば、まあ気乗りしないでしょう。それがエコーガイド推進の阻害要因に拡大してしまうということが、懸念されます。

ブラインドかエコーかという話はさておき、そもそも論になりますが、鼡径部_大腿静脈穿刺って実はけっこう難しいしリスクもありますよね?というのも、大腿動静脈の解剖がけっこう複雑で、それが穿刺のリスクや最適化とリンクしているからです。昔勉強した解剖学講義(伊藤隆著、初版1983年、南山堂)には、

「大腿静脈は大腿動脈に伴って走る。大腿の下部では、静脈は大腿動脈の外側に沿って走る。静脈は上行するとともに、大腿動脈の後側から内側に移り、大腿の上部では大腿動脈の内側を走る」

と記述されており、要するに 大腿動静脈は鼡径部から末梢に向かって常に静脈が動脈の内側に伴走しているのではなく、あるレベルで交差し位置が逆転するのが正常解剖であるということです。知っている人にとっては常識かもしれませんが、案外常識化されていない印象です。大腿動静脈の解剖

この逆転関係は骨盤から下肢にかけての造影CTを見返すとよくわかり、エコーでも上から下にsweep scanしていくとよく描出されます。大腿静脈がだんだん大腿動脈の裏側に回って隠れていき、位置が逆転します。ただしこのような大腿動静脈の関係を図や写真で詳述した解剖の本があまり見当たりません。それがこの複雑な解剖が常識化しない要因にもなっていると推察します。医学部での解剖の授業でも、大腿動静脈の走行がどうだとかは、まず触れないのではないかとも思います。解剖学者があまり関心を持っていない部分なのかなと想像しますが、臨床的には非常に重要な基本的知識です。臨床ともっと密接にリンクした解剖の講義だったらと、思わずにはいられません。

鼡径部の鼡径溝あたりでは動脈を触知したすぐ内側に大腿静脈が位置していることがCTやエコーで見ると理解できます。この部分ではエコーなしでも触知した動脈のすぐ内側を穿刺すれば大腿静脈の穿刺は難しくはないでしょう。ただそのように大腿静脈が大腿動脈と並走していてすぐ内側にあって簡単に穿刺できる領域は、ほんの3~4cmぐらいの狭い範囲でしかないことにCTやエコーで気づかされます。それより末梢だと動脈は触知できても大腿静脈は動脈の真下にかくれてしまい、穿刺はできない領域になります。ブラインド穿刺ではこの解剖を熟知していないと、静脈が動脈の下になって隠れているところを何度も刺したり、動脈側に寄せすぎて動脈誤穿刺になったりするリスクが発生します。「動脈が触知できれば、かならずその内側に静脈があるはずだからそこを刺せばよい」という考えが根本にあったとすれば、それは解剖学的には誤りであり、大きなトラブルの発生源となります。

また、多数回穿刺をしていくうちに鼡径溝から体幹側に穿刺点を移していったとすると、今度は骨盤腔に近くなります。骨盤腔では大腿動静脈は背側に大きく湾曲し落ち込むので、穿刺針の刺入角度からは逃げるような走行になっており、穿刺はその分難しくなります。またそこで出血性のトラブルが発生した場合は後腹膜に血液が流れ込みやすく、これは止血が困難です。この後腹膜血腫は止血凝固の異常や抗凝固などが合わさるとさらに制御できない出血性ショックとなりやすく、最悪死亡に至ることもあるためやっかいです。

鼡径部_大腿静脈のブラインド穿刺は、このように実はかなりデリケートな要素があり、決して「イージー」な穿刺サイトではありません。エコーではこの動静脈の交差のレベルや静脈穿刺可能部位が良く見えますので、安全性、確実性が向上することは間違いありません。鼡径部_大腿静脈はむしろできるだけエコーガイド下で穿刺したほうがよい難易度の高い部位と認識したほうがよいのでは、と個人的には思います。

解剖学的にリスクがある一方で、大腿静脈エコーガイド下穿刺では、この大腿動静脈が交差しているという特徴を逆手に取り、動脈よりも外側に位置している部位を描出して穿刺する手法、mid thighアプローチが成立します。この手法はいろいろメリットがあって、個人的には大腿静脈アプローチを選択せざる得ない、待機的なCVCでは、mid thighを第一選択と考えて実施しています。

とはいえ、またそもそも論ですが、大腿静脈からは極力CVは入れるな、が世界標準のコンセンサスだと思います。ほかの穿刺挿入サイトが活用できない状況に限って、やむをえず選択するというのが一般化するべきでしょう。

ちなみに、緊急時にもしエコーがあれば、簡易的・静的・迅速なエコーガイド法としては、“Quick look法”があります。ちょっとエコーを当てて内部の大体の状況を見るだけでも、だいぶ確実性は向上するのではないでしょうか。