2022年10月5日投稿

CVカテーテルのSMACを製造販売しているCardinal Healthの営業マンから、「静脈解離ってあるんですか」という問い合わせがありました。ある病院で、CVカテを入れた直後の右内頚静脈をエコーで見ると、内部にヒラヒラしたものが見えて、それをセーブした動画をその営業マンに見せて「これは静脈解離なのか」と訊いたらしいです。そんなこと訊いてもわからないですよね。それでこちらに回ってきたわけですが、そのエコーの長軸像の動画を見せてもらうと、たしかに上流から下流にかけてヒラヒラしたものが見えました。しかも前壁側と後壁側に対照的に一対となっていました。「静脈弁だな。」第一印象はそれです。こんなふうに静脈内の対照的なヒラヒラの弁はCVCの際にときどき見えますんで。しかしよくよく見ると、後壁側のヒラヒラは前壁側と比べるとちょっとモヤっとしていてわずかに厚い。エコーの切れ方で前壁側と差がでたのかな。静脈解離?そんなことがあるか。しかしやっぱりこの画像だけでは確信が持てません。
そもそも、動脈解離はあっても「静脈解離」などというものがあるんでしょうか。内頚静脈といえど、薄い静脈壁が剥がれることがありうるのか。どんな機序で?でもそういえば最近保存しておいた文献にそんなレポートがあったような。机を探すとありました。

A rare case of internal jugular vein dissection following central venous catheterization
Hitesh Bansal and Giulia Gambino. Radiology Case Reports, 2022-09-01, Volume 17, Issue 9, Pages 3079-3081

CABGのため手術室で麻酔導入後に右内頚静脈からランドマーク法でCVCをトライしたところ、ガイドワイヤーがあるところから抵抗があって進まず、2回トライしたが同じで、エコーで静脈を見ると解離があった。

CVは左からエコーガイド下で入れなおして、術後経過観察したが右内頚静脈の解離は特にリペアはしなくて済んだ。

というストーリーでした。このレポートによれば、ほかには静脈解離は3つしか報告はないそうです。

1) H. Ueshima, T. Mieda, Y. Ichikawa, J. Ariyama, A. Kitamura. A case of internal jugular vein dissection that occurred during central venous catheter insertion. J Clin Anesth, 26 (3) (2014), pp. 250-251

2) J.M. Marcos-Vidal, R. González de Castro, A. García Rodríguez, D. García Rivera. Internal jugular vein dissection after central venous catheter cannulation. Rev Española Anestesiol Reanimación, 68 (6) (2021), p. 372

3) Y. Morimoto, E. Tanaka, Y. Shimamoto, J. Tokumine. Dissection of the posterior wall by guide-wire during internal jugular vein catheterization. J Anesth, 29 (2) (2014), pp. 289-291

このうちの2つが本邦からというのはさておき、少なくとも内頚静脈アプローチのCVCでは静脈解離の合併症は発生しうるということを確認しました。あるんですね!そしてレポートはわずかですが、認識されないだけで実際は多く発生しているのではないか、という記述もあり、そうかもしれないなとも思いました。

これが発生する機序は、ガイドワイヤーが後壁の静脈壁にもぐりこんで、静脈圧は低いながらもその解離腔に血液が流れ込むことによるようです。ガイドワイヤーが静脈壁に潜り込むとしたら、おそらく穿刺針が後壁に少し刺さっているか、接しているその状態で、けっこう強くガイドワイヤーを押し込んでいくことが原因ではないかと思います。フリーなガイドワイヤー単独では潜り込めないでしょう。穿刺針が支えて、ガイドワイヤーの潜り込みをアシストしているはずです。もしそうならば、これを回避する方法は、穿刺針先端を後壁には接しないように保持しつつガイドワイヤーを挿入していけばよいということになります。それには、穿刺が成功した後、エコーで監視しながら穿刺針を少し進めながら徐々に寝かせていき、針先を静脈の中心にセットした状態を確認してからガイドワイヤーを挿入するのがよいということになります。

また、ガイドワイヤーを挿入していく際にどこかで抵抗が感じられたら、決して無理しないことです。静脈を穿刺したのは確実なんだからガイドワイヤーも絶対に静脈内を進んでいるはずだ、思い切って入れていこう!っていうのがヤバいですね。イケイケは合併症生産思考です。無理はしない。これが大切です。

そしてこれは後壁側に発生する事象なので、ポストスキャンの時にガイドワイヤーの正常留置の確認に加えて、はがれた血管壁がないかどうかということも確認したほうがよい、ということになります。

なお、静脈解離が起きて、その部分が徐々に拡張していくこともありうるらしいので、その場合は外科的な介入が必要だと記述されています。画像フォローも必要時の介入も面倒くさいし患者さんにも迷惑なので、あとで重大なことは起きにくいとしても、やはり静脈解離は起こさないに越したことはありません。

なお、ガイドワイヤー先端の形状という観点からは、解離を起こしにくい順は、J tip、angle、straightの順だと予想します。後壁に潜り込みやすいかどうかは、このガイドワイヤー先端の形状も関係してくると思います。

動画で見た静脈弁に見えたものを思い返すと、前壁側はたしかに弁だと思いますが後壁側のヒラヒラは位置的には弁ですがなんともいえなくなってきました。プロがエコーでしっかり見ればわかるかもしれません。

静脈解離はCVC合併症としてその存在が確認できましたが、たしかにほとんど誰も見たことがない「幻の珍獣」かもしれません。しかし見ようとしていないだけで、実は身近にうろついているとしたら?。いやですね。